勝田州彦の生い立ちは?警察の両親に溺愛されて育った末路とは。

 

両親に溺愛された勝田州彦の生い立ちとは

 

2004年に岡山県津山市の民家で

当時9歳で小学3年生の女児が殺害された事件の

犯人として14年経った2018年に

勝田州彦(かつた くにひこ)が逮捕されましたが

彼の生い立ちはいったいどのようなものだったのでしょうか?

幼い女児ばかりを狙った卑劣な犯行を繰り返し

他にも複数の被害者を出している

この凶悪犯が

どのように育ったのか調べてみました。

 

 

勝田州彦の生い立ちや家庭環境

 

一度は逮捕されたものの

出所後も犯行を繰り返し

日本の犯罪史に残る

凶悪犯である勝田州彦ですが

彼はどんな生い立ちだったのでしょう?

警察官、捜査一課の警部の父親と

同じく警察関係者の母親のもとに

1979年に生まれた彼は

学生時代から現在に至るまで

兵庫県加古川市平岡町新在家で過ごし

高校は県内で私立の男子校に通っていました。

学生時代の彼は

水泳が得意で

高校にも水泳のスポーツ推薦で入ったとのことですが

明るいスポーツマンといった感じでもなく

アニメが好きないわゆるオタクとよばれる部類の性格だったそうです。

高校卒業後は

アメリカに短期間だけ留学してみたり

海上自衛隊に入隊するのですが

わずか半年で除隊しており

理由は隊内でのいじめで

後に裁判では、この時のいじめが彼の歪んだ人格を形成した

弁護人は言い訳していました。

その後は

パチンコ台を組み立てる仕事や

運送会社の運送員、郵便局の職員、

地元ショッピングセンターの現金輸送車の運転士

大手飲料会社など職を転々としていたそうです。

当時の会社の人間によると

勤務態度などは真面目で変わったところもなかったそうですが

彼が最初に犯罪に手を染めたのは

2000年で21歳の時ですから

職を転々としつつ

犯行を繰り返していったのでしょう。

なぜ彼はこんな風に育ってしまったのでしょうか?

父親は兵庫県警の警部で

ノンキャリアで捜査一課でバリバリ働いていた刑事だったそうですが

まさか自分の息子がこんな犯罪者に育つとは

思いもしなかったでしょう。

兵庫県警の刑事さんとなれば

未だ未解決で

勝田州彦が犯人だと疑われている

加古川の鵜瀬柚希ちゃん殺人事件も担当していたと思うのですが

どんな心境で捜査していたのでしょう?

刑事としての立場を利用して

息子の罪の隠蔽などしていないと信じたいです。。。

母親も警察関係者だったそうですが

今回息子が逮捕された事に対して

記者が「警察から連絡はきてませんか?」と尋ねたところ

「きてません。そんなん言ってもらってもわかりませんから」

「私、もうドキドキしてしまって・・・そんなこと言われて」

と謝罪の言葉はおろか

まるで自分は被害者だと言うようなコメントをしています。

実は勝田邦彦には

10歳以上年の離れた姉がいるということも判明しています。

このことから

この夫婦にとっては

待望の長男だったこともあり

溺愛して育てていたと

近隣住民は証言しています。

どんな風に親が接してきたのか

わかりませんが

育て方を間違ったのは

まぎれもない事実でしょう。

子育てって難しいですよね・・・

ちょっと前に、ひきこもりの息子を

支援団体の職員が部屋から出す様子を

ドキュメンタリー風にした番組を見たのですが

怯える70歳くらいの老夫婦の姿と

50歳近くになっても

何かと言い訳して家にひきこもる暴力的なオッサンが

なんかもう壮絶で、こんな人間もいるんだなぁ・・・と

思うと共に

もし自分が親の立場だったらどうしようと考えさせられました。

この時の老夫婦は

年金も底をつくし

頼むから家から出て行ってくれという感じで

もう何の愛情もなく

縁を切りたいという感じでしたが

勝田州彦の親も

そういった心境なのかもしれません。。。

勝田州彦の今後

 

今回は勝田州彦の生い立ちについて

調べてみましたが

特別に変わった人生を歩んでいるわけでもなくて

警察官の両親に甘やかされて

比較的裕福な家庭で育ったみたいです。

どこの時点で子育てを間違ったのか

ハッキリとした原因はわかりませんが

何かしら問題があったのは間違いありません。

彼は今後どうなるのでしょうか?

岡山で小学3年生の女児を殺害した事について

当初は首を絞めたことは間違いないが

刃物では刺してないと供述していましたが

現在では、刃物で刺したのも自分だと認めているようです。

出所して更に犯行を重ねていますし

犯行の悪質さや

被害者の数からみても

更生の余地はないと思うのですが

彼は極刑に処されるのでしょうか?

裁判官が判断を誤った結果

無期懲役からの仮釈放で

30~35年後くらいに出所して

新たな被害者が出ないことを切に願います。

被害者のご冥福をお祈りいたします。