筧千佐子の生い立ちは?遺産目当てに旦那を次々と毒殺した死刑囚の過去に迫る。

 

なにが彼女を狂わせた?筧千佐子の生い立ちに迫る。

 

連続夫毒殺事件の犯人として

死刑を言い渡された筧千佐子(かけひ ちさこ)ですが

彼女の生い立ちはどのようなものなのでしょうか?

50代から婚活を繰り返し

4人もの男性を虜にし

その内の3人を毒殺し総額8億以上だと言われる遺産を相続した

彼女の過去について調べてみました。

 

 

 

筧千佐子の生い立ち

 

死刑判決が言い渡された

現在71歳の筧千佐子の生い立ちですが

複雑で普通の家庭とは少し違ったみたいです。

1946年の11月に長崎県で生まれた彼女は

実の母親が

未婚ということもあり

望まれた出産ではなかったため

物心つく前に

北九州の親戚の山下家に養女として出されました。

地元の製鉄会社に勤める養父の元で

彼女は厳格に育てられたせいか

勉強もできて頭が良いと評判で

中学卒業後は

進学校として有名な福岡県立東筑高校に入学します。

この高校は

名門というだけあって数々の著名人を輩出しており

7名の政治家や

経済関係でもTOTOの社長や

出光興産の会長や他にも数々の大企業の重役の卒業校として知られ

高倉健さんの母校としても有名です。

そんな高校で彼女は

手芸部などに所属して成績も良く

真面目そうな雰囲気と

見た目のかわいさから男子生徒にはかなりモテていたみたいです。

教師からも国立大への進学を薦められ

本人も乗り気だったみたいですが

養父の反対にあい

結局、進学は断念させられ

都市銀行への就職を余儀なくされます。

そして月日は流れ

1969年初旬

彼女が22歳の時に旅行先の鹿児島の桜島で

ある男性と出会います。

大阪に住むトラック運転手のその彼とはすぐに打ち解け

この頃から北九州と大阪の遠距離ですが

交際がスタートし

すぐに勤めていた銀行も退職し

家族の反対を押し切り、半ば駆け落ちのように

二人は結婚し、大阪の貝塚市で同居をスタートさせます。

翌年1970年には長男を出産し

1971年には長女にも恵まれ

家族4人での幸せな生活のおくる中で

何を思ったのか

旦那がトラック運転手を辞めて印刷会社を起業したそうです。

バブル期の波に乗ろうと思ったのかもしれませんが

しかしそう簡単に経営が軌道に乗るはずもなく

自転車操業が続く中で

1994年の9月には旦那が病死してしまいます。

残された会社を彼女はなんとか

なんとか守っていたようですが

長くは続かず2001年には

完全に廃業し借金だけが残されました。

旦那が病死した1994年から

会社を潰すまでの2001年の間に

彼女の心の中で何かが変わってしまったのか

この頃から

複数の結婚相談所に登録して

資産家の交際相手を探すようになったそうです。

そして膨れ上がった借金を返済するために

彼女はFXという投資にも手を出し

結果的に大負けして更に多額の借金を負うことになってしまいます。

FXは自分の元手以上の金額を使えるという

レバレッジというシステムがあり

今でこそ上限が25倍(国内で今後は10倍までに規制される予定)ですが

2010年以前では上限がなくて

わかりやすく言えばレバレッジを1000かけると

元手1000円で100万円の取引きが出来るので

その分、負けたときのリスクが大きく

朝起きたら一晩で何千万や何億も借金をしてしまっていたという人が

当時は多く、自殺する人もいたみたいです。

しかもこれは

自己破産でも免除されません。

話が少し逸れてしまいましたが

そんな感じで借金地獄に陥った彼女は

婚活サイトで

資産家で高齢者、一人暮らしの病気持ちを狙って

交際を申し込んだらしく

会社が潰れた翌年の2002年4月に

交際相手のマンション経営の男性が病死したのを皮切りに

再婚を繰り返し

3人もの男性を毒殺し

1人は一命を取り留めたが後に寝たきりで死亡させ

遺産を手に入れました。

どこで彼女は

道を踏み外してしまったのでしょうか。。。

筧千佐子の分岐点

 

筧千佐子の生い立ちを

今回は調べてみましたが

彼女の人生はどこで変わってしまったのでしょうか?

人生は選択の連続で「もし」を言い出したら

キリがありませんが

旦那が印刷会社を起業せずにいれば

こんなにお金に困ることもなかっでしょうし

そもそも鹿児島に旅行さえしなかったら

地元で良い人を見つけて結婚していたのかもしれません。。。

50代になって

お金に困るまでは

こんな凶悪な犯罪を犯さずに生きてこれたのですから

借金が彼女を変えてしまったのかもしれませんね。。。

しかし

彼女がやったことは到底許されることではないでしょうから

残りの人生は

死刑の執行を待つだけかもしれませんが

少しでも被害者や遺族が浮かばれるような行動をしてもらいたいです。

ご冥福をお祈りいたします。

最後までお読みいただきありがとうございました。